mittlee読書雑記帳

読書がメインのブログ。書きたいときに書けばいい。

疫病と世界史、感染症と人類(その1)‐ミクロ寄生とマクロ寄生

 人類の歴史は戦いの歴史である。相手は動物や、人間に限らない。人類は恐ろしい敵、疫病との戦いを繰り広げてきた。2020年は小さなウイルスがいかに人類を脅かしてしまうのかを我々に思い出させた年である。

 人類が病気の流行に脅かされたのは何も2020年の「COVID-19」だけではない。約100年ほど前のスペイン風邪による数千万人の死者が出たというのは子供のころに読者諸兄も学校で学んだことだろう。しかし、人類と病の関係がいつから続くのかということについて、我々は深く知らないのではないか。

 

 ここで、ウィリアム・H・マクニール著、『疫病と世界史』を紹介したい。寄生虫、菌類、細菌類など様々な病原体がもたらす疫病が、人類の歴史にいかに影響を与えたかを先史時代から論じた野心作である。

 

 本著作は上下巻に分かれている。

疫病と世界史 下 (中公文庫 マ 10-2)
 

 

 著者のウィリアム・ハーディー・マクニールはカナダ出身の歴史学者である。1917年にカナダ・バンクーバーで生まれた。シカゴ大学歴史学を学び、1947年にコーネル大学で博士号を取得した。主にシカゴ大学で教鞭を執り、同大学の名誉教授でもあった。2016年没。主な研究テーマは「西洋の台頭」。

 マクニールには、異なった視座から歴史を解説した複数の著作がある。おそらく『世界史』という、修飾が無い、それが故に挑戦的に思われる上下巻タイトルを皆さん書店で見かけたことがあるだろう。

 

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

世界史 上 (中公文庫 マ 10-3)

 

 

 

目次

 

本書のテーマ

  『疫病と世界史』に戻る。最初に注意として、本書の原著が1976年に出版されたことに触れておきたい。そのため、1980年代に名付けられたHIVウイルスやエイズ、21世紀初頭のSARSや2010年頃の新型インフルエンザには本文では触れられていない。(1997年に付記された序文ではエイズについて多少の分量の記述が割かれている。しかしながら2020年の見地からすると、この序文の中でのマクニールのエイズに関する記述からは事実の誤認(あるいは偏見)があるように感じられる。)

 本書は感染症の歴史を歴史学的説明の場に引き入れることを試みている。様々に変化する病気の伝播のありようが、いかにして古代から現代まで一貫して人間世界の出来事に大きく影響し続けてきたかを多数の事例を用いて示している。

 1976年、科学技術の進歩の結果として天然痘を根絶した頃に書かれた本でありながら、本書は人類が疫病を根絶できるという楽天的な考え方には与しない。本書の出版から20年後に記載された1997年の序文の一部を抜粋する。

  本書は自然の均衡を変化させるのに、われわれがいかに異常なほどの能力を発揮するかの重要な一面を示し、またその能力はいかに多くの限界があるかを探り出そうとする。(中略)われわれは依然として地球のエコシステムの一部であり、食物連鎖に参加し、それゆえ、様々な植物や動物を殺して喰らい、一方われわれの身体は、多種多様の寄生生物に対し、食い物に満ち溢れた沃野を提供している。地球のエコシステムにいかなる変化が起ころうとも、人類のこの本質的な条件は変わらない。(省略)

*1

 

 マクニールは本著作の重要性を1997年の序文の最後に述べている。

 本書はまた、宿主である人間と病原菌の間の移り変わる均衡に生じた顕著な出来事の数々を探っている。これはひとつの劇的な物語であり、ようやくその政治史と文化史にとっての重要性が広く認識されてきた。それゆえ私は二十年以上昔に書いたこの本を読者諸氏におすすめし、感染症がどんなにわれわれ先祖たちの生命をおびやかしてきたか、諸氏自身の眼でしっかりと見据えて頂くようお願いする次第である。*2

 

 

基本概念

 寄生、病気、悪疫への感染、それに関連する概念が述べられる。

寄生

 ある生物体にとっての食物獲得の成功が、その宿主にとっては、感染/発病を意味する。大部分の個々の人間の生命は、寄生のはざまで束の間の無事を保っている。マクニールは寄生者を二種類に大別している。

 微寄生(ミクロ寄生):病原体によるもの。多細胞生物の場合もあるが、多数はウイルス、バクテリアなど微小な生物体。

 巨寄生(マクロ寄生) :大型肉食動物などの捕食者や人間などの収奪者。

 

 寄生の在り方は多様である。ミクロ寄生を試みる病原体と宿主の関係は下記の4つに大別される。

  1. 短時間のうちに宿主を死に至らしめる
  2. 宿主の免疫反応により駆逐される
  3. 宿主が保菌者として自身は発病しないが他者に感染させる
  4. 宿主の体のエネルギーをいくらか奪いつつも、宿主の通常の機能を妨げない

 また、マクロ寄生の関係は下記の2つに大別できる。

  1. 即座に宿主の生命を奪う(ライオンや人間などの狩猟者)
  2. 宿主を不定期間活かす

 人類は、食物生産の術を手に入れたことで、2から「緩和されたマクロ寄生」を生み出すことに成功した。征服者が食物をある共同体から全て奪うのではなく、毎年不定期間(安定するには1年以上)の生存に足るだけのものを残すことで、安定した人間どうしの寄生関係が生まれた。

 

 個人にせよ社会にせよ、「外部」から変化が加えられた際に均衡を保とうとする基本パターン(影響の最小化を試みる)が見られるとマクニールは述べている。

 

病気

 病気の概念の普遍的な核は身体的不調のために期待された仕事ができなくなることだとしている。この身体的不調の多くは寄生生物との遭遇から生じる。

 病原菌の襲来に曝される経験の有無、病気に対する防衛能力の整備が個々人の体内でも各地域でも絶え間なく行われている。そのため、抵抗力と免疫の水準も地域によって高低さまざまである。

 

悪疫の感染

 各種の感染症の病原体も、環境への適応と自己調整を重ねている。宿主間の移動が寄生生物にとっては問題となる。

 下記の場合、宿主となる生物と寄生生物の間に相互の生存が可能となる相互適応の構造が生じる。

  1. 感染症の原因となる寄生生物と宿主との接触が続く 
  2. 何世代も経過する
  3. 宿主となる生物も寄生生物も個体数が多い

 この安定した宿主と寄生生物以外の種に寄生生物が移ろうとした場合などは、激甚な被害をもたらしがちである。(げっ歯類はペスト菌にかかっても問題はほぼないが、人間に感染すれば高い致死率となる。蚊とマラリア原虫と人間なども同じである。)

 媒介する他の生物種を通らず、宿主から宿主に直接感染する伝染病も多数ある。(結核、はしか、天然痘水ぼうそう、百日咳、おたふくかぜ、インフルエンザなど。)現在先進国ではワクチンにより感染や重症化率を下げることができている。しかし、これらの病気を経験したことの無い地域に侵入すると、共同体そのものを破壊・欠陥化するだけの悪影響をもたらす。(かつてのインカやアステカにスペイン人がやってきた時のように。)

 

 病勢の緩やかな慢性伝染病、精神病、高齢に伴う老衰は現代社会の人類の苦痛の大きな部分を占めている。しかし、悪疫の突発と流行はわれわれの先祖に対して恐怖だったはずである。

 

 

まとめ

 社会がミクロとマクロの寄生から成り立つという概念をマクニールは提唱していた。いずれかの寄生のバランス変化がもう一方のバランスの変化をもたらすことがあるという話を後の章で述べている。

 2020年の感染症と国際関係にもこれは当てはまるように思われる。もし余力があれば少しずつ本書について続きを記載していきたい。

 

 

mittlee.hatenablog.com

 

 

*1:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P22

*2:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P22