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疫病と世界史、感染症と人類(その2)‐先史時代、狩猟者としての人類

 人類も元々は自己調節を行う生態的バランスの中に収まっていた。典型的なのは食物連鎖である。大型動物たちとの間の食べたり食べられたりという関係はダイナミックで分かりやすい。しかし、熱帯に暮らす人類には微細な寄生生物も巣食っていた。今回のテーマは生態系の中での人類と疫病の関係である。

 

 前回に引き続いてウィリアム・H・マクニール著、『疫病と世界史』を紹介する。寄生虫、菌類、細菌類など様々な病原体がもたらす疫病が、人類の歴史にいかに影響を与えたかを先史時代から20世紀まで論じた野心作である。

 前回の記事はこちら。

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 目次

 

人類の居住地域と感染症、生態的バランス

 人類が熱帯亜熱帯にいる場合と、温帯まで進出した場合とでは接触する感染症感染症の持つ脅威や生態系のバランスは大きく異なったものとなる。先史時代のこれらの関係の変化を要約する。繰り返しになるが、本書の原著が1976年に出版されたことをお忘れなきよう。

 

熱帯雨林と人類、生態系のバランス

 (略)熱帯雨林は、寄生体と宿主、競争相手の寄生体同士、宿主とその食物という、三つの次元のいずれにも、高度に進化し完成した自然のバランスが保たれるのを可能にすると言える。何百万年も前、つまり人類が熱帯雨林の生態的環境を変え始める以前には、食う者と食われる者の間のバランスは、長い間ほとんど安定していたと推定してまず間違いないのだ。

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 サハラ以南の野生のサルは様々なダニ、ノミ、マダニ、蠅、蠕虫(ぜんちゅう)、多種類の原生類、菌類、バクテリア、さらに百五十種以上のアルボウイルスの宿主となっている。15種から20種のマラリアが野生のサルを侵す。霊長類、蚊、原虫の間では非常に長い間の進化的適応が行われてきたと推測される。人類の祖先が接してきた病気は回復も遅いが、重症に達するのも遅いという傾向を備えていた。

 熱帯雨林では一つの種が森林を支配するということはなかった。ここには地球上の他の地域(熱帯よりも低温またはより乾燥した地域)に比べて多種多様の生物が住んでいる。高温多湿な環境は、寄生体となる潜在的可能性を持った生物が、独立した生物体の中で、かなり長い間生存することを可能にする。つまり、宿主となる種(例えばサル)の個体数が少なく、密集していなくても、広範な汚染と感染をある宿主が経験しうるということである。寄生生物と宿主の接触機会が少なくても、熱帯では何らかの病気に感染しうる

 

人類の進化と病気の変化、熱帯の生態系の回復力

 熱帯雨林での人類の祖先、体内に巣食う寄生動物、人類を狙う肉食動物、人類に食われる動植物という生態系のバランスは人類の進化によって崩れることになる。その原因は学習の積み重ねによる文化的進化である。生物的進化、生態系との相互作用は非常に緩慢に進むため、バランスも大きくは崩れない。

 しかし、人類は急激な進化「定向進化」を遂げる。新しく獲得した技術によって、人類は自然界のバランスを変形させる能力を次第次第に向上させていった。肉体的心理的技術を習得し、狩猟と戦闘において人類は急速に強力となった。言語を習得し、社会的機能の統一が可能となった。反復、言語による伝達、体系化により生活技術は高度の完成に達する。

 病気の方はどうだろう。人類が熱帯雨林からサバンナに移るにつれて、寄生体は下記のような状況だったと推定される。

  • 密接な身体的接触が必要なものは影響を受けない
  • 高湿度を要求する寄生体との接触は減少した
  • サバンナの草食獣群との接触により新しい寄生体、病気と遭遇した(生肉の寄生虫が分かりやすい)

 

 サバンナの中で出会った恐ろしい感染症というと睡眠病がある。ツェツェ蠅がトリパノソーマを運ぶ地域では人類は睡眠病によって死の脅威にさらされる。

 サバンナでは人類はこれまで利用していなかった資源を利用し始め、生物界に新たな被害を与えることになる。完全な人間といえる狩猟人は食物連鎖の頂点に立った。つまり、ポピュレーションの増加を抑制する基本的な調節機構を失ってしまった(他の動物種とのマクロ寄生という意味においては)。それに代わる人口抑制の手段は、人間の人間による殺戮、そして望まれざる新生児の遺棄だったと考えられる。

 それでも、アフリカ大陸では汚染と感染が特に豊富かつ精緻なメカニズムを持っていた。蠕虫や原生類の寄生生物は免疫反応を生じさせない。つまり、ヒトの数が増えるほど、宿主から宿主への移動機会が多くなる

 

(略)ある決定的な限界を突破すると、感染症は奔流のように過剰感染となって爆発する。こういう、疫病の名に値するような状況は、通常の社会活動を阻害する。慢性の疲労、身体の痛み等の症候は、共同体全体に広がった場合、食物の獲得とか、出産、子育てなどの活動に重大な障害となる。これは直ちに人口の減少を招き、やがて、その地域の人口密度は、過剰感染が発生する危険度以下に低下してしまう。その後、この感染症に侵されない元気な個人が増えるにつれて、人間社会は活力を取り戻し、食物獲得やその他の活動が以前の通り繰り返され、やがて別な感染症が力を振るい始めるか、人口密度が危険な一線を突破して過剰感染が再発するまで続く。

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 狩猟民が増えすぎたことで獲物を得ることが難しくなり栄養状態が悪化していったと考えられる。上記の狩猟民の過剰感染(ミクロ寄生)は、栄養不足と相まって、先史時代のアフリカでは生態的バランスを回復させるのに役立ったと思われる。

 火災や干ばつなど気候や環境の変化も、人類にとっての好条件が維持されないことで、食物連鎖の頂点に立った人類の増加や徹底的な変革に対する抵抗となった。

 

温帯、寒帯への進出、寒冷地と感染症の脅威

 人類が進化してもなお、アフリカは生物的多様性に富んでいた。しかし、温帯や寒帯に人類が進出するようになるとこの様子は異なってくる。人類が火を使用したり、他の動物の皮革や毛皮を被るなど寒冷の地で暖を取る方法を学んだとき、事態はさらに大きく変化した。人類は四万年前から一万年前の間に南極大陸を除く陸地の大部分を占拠した。

 北方の森林や草原の野獣という新しい食料源を開発していくにつれ、生態的諸関係は急速に地球規模で変動していった。これを人類が成しえた理由は二つある。

  • 生存できるミクロの環境を作り出せたこと。(衣類と家屋による文化的適応の結果。生態的適応の必要度の軽減)
  • 熱帯の寄生生物、病原体から逃げられたことによる健康と活力の改善。 

  北方の温和な気候風土に適応する動植物は熱帯地方で旺盛に繁殖するものよりも数が少ない。さらに、温帯地方の生態的バランスは、熱帯よりも人間の手によって容易に乱されやすかった。

 通常はある生物のポピュレーションが大増殖すると、適切な強制手段が自然と作り出される。しかし、人類は資源が枯渇するたびに別の資源をあれこれ試み、新しい生活手段を考えることで、生物と無生物に対して支配を際限なく拡張させた。(生物、エネルギー資源など)

 北半球において南から北に向かうには寒さへの適応が必要だったためそれでも変化は緩やかだった。しかし、北から南への移動はそれは不要だ。アメリカ大陸では大型草食獣が短期間で人類により絶滅せしめられた。

 南から北の寒冷かつ低湿な地域へ進むたびに、寄生生物に曝される危険は小さくなる。他方で北から南の熱帯に進むにしたがって、寄生生物や感染症の危険は増すのである。

 

狩猟/採集から農業/都市へ、ポピュレーションの増加と新たな感染症

 人類が寒冷・低湿といった風土の奥深くに入り込んでゆくにつれ、人類の生存は大型動植物との生態的関係に依存する度合いを次第に強めた。ミクロ寄生生物が大した意味を持たない場所では、生存を左右する二つの重大因子、食物と敵を現実に見ることができる限り対処する方法を次々に発明していった。人類はこうして数百万もの人口を抱えることが可能となった。

 乱獲により大型狩猟獣という食物資源の枯渇、紀元前2万年以降の氷河の後退を伴う機構の激変という二つの要因から、狩猟に依存する人類の共同体は厳しい環境上の試練に直面した。食料探索の強化と新しい種類の食べ物の試食という対策に人類は向かった。海浜の利用をしたグループから舟と漁労の進歩が、食べられる草の実の採集に向かったグループからは農耕が発達した。人類の人口増加を抑える抑制機能に果たす役割について、熱帯以外ではミクロ寄生生物が果たす役割は相対的に小さかったと思われる。

 直接の肉体的な接触により宿主から宿主へと移行する寄生生物や、感染の影響が表れるのが緩慢で、宿主の人の活動力を急激かつ徹底的に奪うのではない寄生症の場合は、熱帯を出て人類と共に地球上を旅したと思われる。それでも感染症や汚染の種類は熱帯雨林に暮らしていたころと比して減少したに違いない。小規模な孤立した集団間を感染させるように寒冷地でふるまうには、ミクロ寄生生物側の生態的進化の時間が足りなかったのである。

 しかし、人の表面や内部に寄生する生物がほとんど不在というのは一時的な現象に過ぎなかった。

食料生産は人口数の爆発的増加を許し、都市と文明の誕生を促す。そして人類のポピュレーションは、ひとたびそうした大共同体に集中したが最後、潜在的な病原体に対してあり余る豊かな食料資源を提供することになった。そのさまは、われわれの遠い祖先が、アフリカの草原で大型草食獣の群れに初めて相対した時の脅威的な状況を彷彿させるものがある。こんどは微生物どもが、人類の村落・都市・文明の発達がもたらした新しい状況下で、思う存分の狩猟を期待することができるというわけである。

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 人口の爆発的な増加ミクロ寄生生物に好都合な環境を提供し始めた。それが都市だったのだ。

 

まとめ

 熱帯では人類は生態系の制約から、急速な人口増加は望めない。多種の生物の生態的な適応が追いつく前に、文化的適応により温帯、寒帯に進出することにより、人類はミクロ寄生生物の汚染から逃れることができた。しかし、人口の増加、人の密集により再度感染症を呼び込むことになってしまった。

 増えすぎた人口、密な環境は新たな感染症を呼び込む。2021年になっても続いているCOVID-19とも通じる要素である。次回は古代文明社会の発生と感染症をまとめたい。

 

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*1:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P50

*2:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P59

*3:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P73