「財布は踊る」(原田ひ香):お金との付き合い方、失敗と対策(リボ払い/FX/信用取引/奨学金etc)【感想】
今回の内容
お金。資本主義社会においては生活と切っても切り離せない。あればできることも増えるが、なければその確保に苦労することになる。
クレジットカードのリボ払い、消費者金融からの借金、FXの取引とネットワークビジネス、奨学金の返済もあれば、せどり、積立投資、さらには不動産投資。世界はお金の話で溢れている。
この記事では、原田ひ香の小説『財布は踊る』を紹介する。
ルイ・ヴィトンの長財布を購入したものの、あるトラブルからこの財布を手放さないといけないことになる。この財布はどのような因果か、お金にまつわる悩みを持つ複数の持ち主の間を巡っていくことになる。
この記事では下記の2点を紹介する。小説のネタバレを含むため、未読の方は目次を見る前にブラウザバックを推奨する。
- 『財布は踊る』の登場人物たちと失敗
- 現実社会での失敗への対策=情報収集、負債とリスクの回避orコントロール
当ブログ筆者は、リボ払いもFXも信用取引も推奨しない。お金に関する情報収集と決断は読者諸兄でお願いしたい。
こちらから試し読みもできる。
あの棋士・優待投資家の桐谷さんも推薦している。
原田ひ香は日本の作家である。1970年に神奈川県で生まれた。2005年に「リトルプリンセス2号」でNHK創作ラジオドラマ大賞受賞。2018年発売の『三千円の使いかた』は2022年8月時点で発行部数60万部を超える。*1
『財布は踊る』は2022年に新潮社から出版された著作である。
目次
- 今回の内容
- 『財布は踊る』の登場人物とお金に関する失敗
- まとめ
『財布は踊る』の登場人物とお金に関する失敗
本書でテーマにしているのはお金との付き合い方である。登場する人物たちは、それぞれお金に関する失敗を抱える。その困難への立ち向かい方が本書の各人物の分かれ道である。
登場人物たちの多数を占める失敗は、借入金である。特に支払い許容量を超過しそうな負債である。基本的な対策は事前と事後の情報収集、負債とリスクの回避orコントロールだ。特に借入金の支払額、利率、期限は重要である。
クレジットカードのリボ払いの負債:葉月みづほ
葉月みづほは節約家の主婦である。特売品の鶏肉やもやしを1円単位で計算し、それを活かしたメニューを考える。食料品費や日用品(こどものおむつまで含む)費込みとして渡された5万円から、毎月貯蓄を2万円やりくりするくらいである。この節約が効して、ハワイに家族3人で旅行に行くことができるほどに。ハワイで彼女は10万円の長財布を名入れで購入する。
他方で彼女の夫、雄太は浪費家である。夫の年収450万円から小遣いは毎月5万円である。彼のクレジットカードの支払いは毎月3万円。ハワイ旅行で10万円以上使っているのに支払いは3万円。計算が合わないので支払いの詳細を聞くと怒り出す。
なぜか。答えはリボ払いの利用。3万円の内、2万8000円以上は利子の支払い。利率15%の借金の元金は228万円まで膨らんでいた。
親族からの借り入れ、手元現金の繰り入れ、手元品の売却により、みづほは雄太のリボ払いの元金を40万円程度まで減らすことに成功して残りを分割返済とする。
対策:家族間の情報公開(収入/支出、資産/負債/自己資本)の把握、元金の返済、一括払い
苦境における最初の対策は、現状把握である。みづほは嫌がる夫を再三の説得の上何とかクレジットカード会社の窓口に連れていくことでどうにか現状を把握することができた。
その後の対策もおよそ適切なものだったといえる。年利15%という悪条件の借金を、親族等の借り入れという無利子のものに置き換えた。幸いにして預貯金を持ち、貸してくれる親族がいたのは幸いした。これが難しい場合、支払い年限次第だが、金利5%以内の銀行系無担保ローンへの借り換えが考えられる。(信用情報がブラックな場合は難しいかもしれない。)
そもそもの対策としては、リボ払い設定をしない、解除する必要がある。クレジットカードの支払いは一括-二回払いの無利子とする、生活費に対しては金利がかかるような借金はしないというのが基本である。
消費者金融からの借り入れ、FX取引、ネットワークビジネス:水野文夫
水野文夫はフリーターである。学費の支払いを賄えず、消費者金融からの借金をする。それを学業の傍らでは返すことができずにアルバイトを増やし、大学中退に至っている。
文夫は一儲けしようとしてFXの商材を42万円で購入してしまう。この商材の仕組みもあくどい。商材を売った人間Aに8万円、Aに商材を売った人Bには4万円、Bに商材を売ったCには2万円、さらにCに商材を売ったDには1万円が入る。要するに、マルチ商法である。
マルチ商法とは、商品やサービスを契約して、次は自分が買い手を探し、次々に販売組織に加入させ、ピラミッド式に拡大させていく商法です。実際は、販売組織の会員となっても販売成果を上げられず、借金が残って被害者となるだけでなく、自らが勧誘・販売することで加害者となり被害を拡大させたりと、非常に問題の起こりやすい取引形態です。*2
このマルチ商法に関わっている知人たちは、別のコーチング教材なども売りつけてくる。この男、完全にネギを背負った鴨だと思われている。
文夫はFX取引自体は損を出して止めている。10万円を元手に20倍のレバレッジをかけ、短時間で4万円を溶かしてから彼はFX取引をしていない。
結果、文夫の借金は奨学金が150万円、消費者金融が130万円(一部は年利13%)、FXの情報商材のローンが40万円、もしかすると更に30万円の教材ローン。計320万円(+30万円)のローンとなった。
文夫は借金の返済のために、将来の高収入が見込める技術職への就職と地道な返済を覚悟する。
対策:有利な借入条件の優先、詐欺への警戒、短期トレードの回避
文夫の学生時代の資金計画の失敗から始まる。1週間のインフルエンザからバイトができずに家賃支払いがショートする。ここでより低金利の借り入れをしておく、もしくは当初より学費と家賃を見越して多めに奨学金を借りるという手が考えられた。日本学生支援機構の二種奨学金の金利は延滞しないかぎりは最高でも年利3%とされる。昨今の低金利下でここ10年は1%未満が継続していた。
次の失敗はネットワークビジネス、マルチ商法に騙され、また参加したことである。基本的な対処である情報収集により、同商材がどのようなものかを調べれば引っかからずに済んだかもしれない。そして、ほどほどのリスク(期待値5%,リスク20%)で投資を始めたい場合、高額の情報商材は不要とされる。
短期トレードも推奨しない。手数料分のマイナスサムゲームとなり、基本的には参加すればするほど期待値はマイナスとなる。そして20倍はレバレッジをかけすぎている。レバレッジは3倍以下、金額は総資金の25%以内とすべきである。文夫は少額かつ早々に撤退しているため取引本体は4万円の損で済んでいる。
FXの信用取引が負に働いた時の悪影響は絶大である。2015年1月15日のいわゆるスイスフランショックの際には、預けていた証拠金(自己資金)をすべて失ったうえ、さらに1137人の個人で計19億4800万円の借金を負ったとされる。*3
信用取引、仕手株、投資インフルエンサー:野田裕一郎
野田裕一郎はFIRE(Financial Independence, Retire Early)を目指す若手会社員である。「人生は五千万を作るゲーム。」として、節約に励み、全世界株式、アメリカのS&P500、日本のTOPIXの3つのインデックスファンドを毎月積み立てていた。節約、投資アカウントをTwitterに作る。周囲のユーザーのプロフィール欄のバイブルには『金持ち父さん 貧乏父さん』が並ぶ。
野田の節約投資生活が1年を過ぎたころ、日本マクドナルドの個別優待株投資を始める。これで短期間に10%の利益を上げる。野田はアラシ池田という投資インフルエンサーのアカウントを見つける。彼が買い推奨した銘柄は大きく上がり、売り推奨した銘柄は落ちていく。アラシ池田の推奨に従い利益を上げる中で野田は信用取引を始めた。Rという会社の株を買い、一時は4500万円に資産が達するが、アラシの売り推奨tweetの翌日には追証が発生。親族や消費者金融から借金をして証券会社に振り込むが、最終的には300万円の借金を残した強制決済となる。
アラシ池田は相場操縦の常習者であり、tweetの前にすでに仕込みを終えているのである。R株も仕手株だったと後から野田は気づく。野田は会社内でも給与の先取りなどを工面しようとし、退職することになる。
対策:現物のみ、損切り徹底、相場操縦への警戒、航路を守れ
本失敗を防ぐためには、現物取引に留めるべきだった。信用取引(先物、オプションを含む)は大きなリスクを伴う。現物取引では持っている金額までしか損をしないが、信用取引では大きな負債を抱えることがありうる。
繰り返しになるが、レバレッジは3倍以下(株式信用取引はこの制約がある)、金額は総資金の25%以内とすべきである。加えて、個別銘柄の場合は個人の資産の10%を超えて保持してはリスクが高すぎると言われている。
また、信用取引の場合は特に損切りが必要になる。借金とならないためにはルールを決め、一定額に損が達した場合は精神的な痛みはあるが売却しなければならない。
今回、取引の決定を投資インフルエンサーからの情報に従って行っていた。健全な金融市場という観点からはよくない状況だが、個人・法人問わず不正というのはありうる。一か所からの情報を鵜呑みにしてはならない。
インフルエンサーが相場を動かすつもりがなくても、相場は動く。あるYouTuberが金が上がると紹介したら、米国市場で金が1%しか上昇していないのに、日本の金ETFだけ3%上昇するという不健全な動きの例がある。相場は過剰に反応することがあるのを肝に銘じる必要がある。
最後に、「航路を守れ」。投資の基本は「長期・分散・積立」である。時間、地域、業界、銘柄を分散することでリスクを抑えることができる。*4
ごく少数の優秀な専業トレーダーを除いて、信用取引では勝てない。株式投資で欲が出た場合、「ほとんどのトレーダーは市場平均に勝てない」「長期・分散・低コストこそが最も重要」という先人の言葉を思い出してほしい。
Twitter炎上、セミナー商法:蛇川茉美
蛇川はお金において別の登場人物のような大きな失敗はしていない。彼女が抱えるのは、今後のお金とキャリアについての悩みである。
彼女は「善財夏実」というペンネームでライター稼業をしている。過去に「マジックテープ財布を使っている男は結婚できないし、年収300万円以上にもなれない」とtwitterで発言して大炎上。そこにDMを送ってきた小規模出版社の編集者と同タイトルのお本を出すことになる。お財布アドバイザーとしてライターのキャリアを積んでいく。
2時間で50万円の報酬であるセミナーや、せどりを仄めかすネット起業を利用した経済圏に関する記事などについて編集者からたしなめられる。私生活についても交際している相手との今後の関係や結婚出産後も順調な友人とを比較する。リーマンショック数年後の就職失敗や転職などの過去と現在を逡巡し、自身のキャリアと人生の今後に思い悩む。
対策:発言の見直し、仕事の取捨選択、職業倫理
蛇川は多額の負債を抱えるような大きな失敗はしていない。Twitterの炎上はマイナスとなる人も多い中、それを活かしてむしろライターとしての知名度を向上させた。金銭的にはむしろ余裕がある。
就職活動と転職の失敗は日本においては今後に大きく影響する。さらには周囲の経済環境にもさらされる。そこでの失敗が、職業人としても一人の個人としても納得できない現状を生んでいるのではないかと悩む。
蛇川の苦悩は明らかな失敗というものではなく、明確な対応は難しい。一般的な解決策は公的な発信の見直しである。ライター業としてキャリアの方向性を意識した仕事を選択する、納得できないものや社会的に負の影響があるものは出さないなどが考えられる。しかし、これは取引先や運によるところも大きい。
奨学金返済、滞納:平原麻衣子、斉田彩
平原麻衣子は新宿の観光案内所で契約社員として働いている。友人の斉田彩は新宿のカラオケボックスで正社員として働いている。
月給は手取りで15万円。ボーナスはなし。二人の収入は同じ程度だ。しかし、ここから毎月3万円の奨学金を支払っているため、家計はカツカツ。貯金をする余裕がない。
奨学金は第二種の満額12万円を借りている。結果として借入額は600万円近く。8年程度返済し、残額は300万円ほどである。滞納は1回ずつ経験がある。彼女たちは奨学金返済の裏技を教えるというサイトを見つける。
対策:猶予・減額制度の利用、あるいは学生となる、(給付/第一種併用)
奨学金返済は猶予、減額を受けることができる。
年間収入額300万円未満の場合:期間中の最長10年は返済猶予
年間収入額325万円未満の場合:半額または1/3の金額のみの返済、減額期間は最長15年
猶予や減額の措置を利用するには、奨学金の滞納があってはならないとされている。
今回の麻衣子と彩の事例の場合、手続きを利用できるかは日本学生支援機構への相談となる。
また、そもそも12万円を借りるのに、無利子の第一種の奨学金だと6万4000円しか借りられないから全額有利子というのは不利な選択である。2006年時点は定かではないが2023年の現状では第一種と第二種を併用できる。6万4000円分は無利子、不足分の5-6万円程度のみを有利子として借りるべきである。
その他の手法としてはは、学費が小さい大学において籍を置いておき、返還猶予するというものがある。
コロナによる影響、コロナショック(投資)、不動産投資、給付金:?
コロナショックにより、一時的に世界の株価が暴落した(コロナショック)。こちらは半年程度で株価を取り戻した。この乱高下では損得は分かれただろう。
コロナ感染の拡大では、飲食業界や旅行業界に多大な影響が出た。他方で新型コロナ感染症特別融資*5を0%に近い低利で利用したレジデンシャル系の不動産投資家が富を蓄積した事例がある。
対策:多角化、無借金経営、公的支援の活用、そしてそれよりも大切なこと
この予想外の事態に備えるには、元々の事業基盤や生活基盤を分散しておくことが考えられた。また、レバレッジを使わずに無借金経営の場合は生き残りやすかっただろう。
他方で、コロナに関連した公的支援策を利用した事業者で大きく利益を上げ、資産を拡大したという記事も見かける。このコロナの荒波を乗り切れたかどうか、結果的には運に左右された部分が大きいに違いない。ここで述べる対策は後知恵に過ぎない。
大切なことは、人との繋がりを大切にすること。お金との付き合い方を考えるだけでなく、なぜお金を必要とするか、人や社会まで含めたつながりの中で自身がどうするかを考えることだと感じた。
まとめ
『財布は踊る』の中では現実社会と共通する多数のお金の失敗が見られた。登場人物たちの多数を占める失敗は、借入金である。特に支払い許容量を超過しそうな負債である。
繰り返しになるが、基本的な対策は事前と事後の情報収集、負債とリスクの回避orコントロールだ。特に借入金の支払額、利率、期限は重要である。
- 情報を収集する
- 生活に関する借金はしない
- 金利が高い借り入れは避ける
- 月々の返済額と返済期間に気を付ける
- 詐欺に警戒する
- 困ったら頼れる制度や人がいないかを調べる
- 人とのつながりを大事にする
お金は道具に過ぎない。財布だけでなく、それに応じて人まで踊らないように生き方を考えたいと感じた。
*1:日経XTREND,2022-08-05,「『三千円の使いかた』60万部の原田ひ香氏 「お金と人生」描く新著, https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00432/00022/,(参照2023-01-14)
*2:消費者庁「マルチ商法にご用心!!」, https://www.caa.go.jp/publication/pamphlet/pdf/120712pamph.pdf
,(参照2023-01-15)*3:MYFOREX,2022-12-25,「スイスフランショックとは?その原因と影響」, https://myforex.com/ja/news/myf22100301.html,(参照2023-01-15)
*4:時間分散については手持ちの余裕資金を投資し終えた後は、リスクは一括投資と同じである
*5:https://www.jfc.go.jp/n/finance/saftynet/pdf/covid_19_faq_jisshitsumurishika.pdf,(参照2023-01-15)