不動産価格と住宅ローン:年収500万円で4000万円のローンは首都圏ではありふれているのかもしれない
今回の内容
今月に入ってから住宅ローンによって生活のクオリティが下がったとの匿名記事が投稿されていた。概ね批判的な意見が多いようだが、首都圏の現状からするとよく見る光景だろう。本記事は以下の読者に向けている。
- 今後の住宅購入を考えている
- 現在住宅ローンを返済している
- 首都圏の最近の住宅市場の事情を知りたい
本記事は、下記の匿名記事について考えたことを記載している。年収500万円で4000万円のローンを期間30年で組んだという方の記事である。結果的に住居費以外で使える自由資金が少なくなり、QOLが下がっているという。
本記事では、不動産市況、住宅ローン、労働者の平均年収から上記のローンの組み方が無謀なのかを考えるとともに、QOLを上げるための対応方法を検討する。
返済比率を検討すると厳しいが、首都圏の不動産価格高値どまりの現状だとやむを得ないローンの組み方ではないかと筆者は感じている。
対策は下記のようなものが考えられる。
以下、不動産市況、住宅ローンを検討し、対策を挙げてみる。
目次
トピック:首都圏の不動産価格
新築、中古マンション価格推移
首都圏のマンション価格は、新築/中古共にアベノミクス以降値上がりを続けている。平方メートルあたりの単価でみると、2013年以降では新築でおよそ1.7倍、中古でも1.5倍の値上がりである。*1
恐ろしいことに、東京23区内では2021年に5000万円以下で販売されているマンション物件(もちろん数十平方メートルの区分所有である)の割合は20%程度まで下がっているようだ。*2
夫婦や子供1人のみの世帯でよく見られる60平方メートル程の物件で計算する。
2021年11月の新築平均価格だと、千葉県以外は70万円×60平方メートル=4200万円であり、2LDKであっても4000万円を上回る。
晴海選手村の影響と思われる値下がりがあっても、2LDKが23区では120万円×60平方メートル=7200万円となっている。*3
日経新聞には下記のような記事も出ていた。全国平均価格は年収の8倍、都内の平均価格は年収の13倍、23区に限ると19倍とのことである。
新築4000万円というマンションは、全体の水準から見ると堅実ということになる。築10年以上の中古マンションであれば、成約データ上はもう少しお安い物件もあるようである。*4
新築、中古戸建価格推移
戸建ての価格についても値上がり傾向である。しかし、マンション価格に比べるとまだマイルドという見方ができる。
それでも2021年データによると、首都圏新築戸建ての平均価格は4000万円を超える。築20年の中古戸建でも首都圏平均価格は3500万円を上回る。(東京都はなぜか価格逆転)
新築 | 中古(築20年) | |
首都圏 | 4000万円 | 3700万円 |
東京 | 5000万円 | 6000万円 |
神奈川 | 4300万円 | 3800万円 |
埼玉 | 3500万円 | 2700万円 |
千葉 | 3500万円 | 2500万円 |
下記はレインズに掲載されていた中古戸建の取引価格推移である。*5
トピック:住宅ローン
毎年の返済比率(返済負担率)
住宅ローンの借り入れの際には融資の審査がある。年収と1年間あたりの返済額の比率によって借り入れ可能額が決まる。借入金利と年収、期間によって変動するため、単純に借入額に対する年収倍率を確認するのではなく、返済比率を見るのが望ましい。
一般的に言われるところだと、年収400万円未満の場合は年収の30%、400万円以上の場合は35%までを金融機関は貸出すとされている。*6
しかしながら、こちらの比率は貸してくれる金額であって、無理なく返せる比率ではない。金融機関は年収の20%-25%以内に返済比率を留めるように推奨している。(管理費と修繕費が発生するマンションについては20%-25%でも住居費負担がかなり重たいという考え方はある。)
仮に年収500万円、全期間固定金利1.3%(フラット35)35年の返済としてシミュレーションする。
返済負担率35%は4919万円。25%は3510万円。20%は2810万円の借り入れとなる。
プロの推奨する返済比率
返済比率15%
不動産の専門家は年収の15%程度に抑えるのが無理のない計画だとしている。総務省統計局の全国消費実態調査では、可処分所得(税金などを差し引いた手取り額)に占める住宅ローンの割合の平均は16.9%としている。*7
(中山氏はYouTubeにて不動産についての解説動画を多数アップロードしている。)
年収500万円で手取りを400万円と見ると、無理のない借入額は2100万円となる。この水準は厳しい。先ほど述べた通り、首都圏ではこの水準の新築物件はほぼ存在しない。1都3県で最も安いとされる千葉県の築古中古マンションでさえ60平方メートルでこの水準に収まるかは怪しい。
年齢を加味した借入額:(退職年齢ー現在の年齢)×年収×20%
不動産の管理についての記事を多数掲載している、はるぶー氏という方が退職までの年齢を加味した適正借入額を提唱しているそうである。*8算式は下記の通り。
(退職年齢ー現在の年齢)×年収×20%
冒頭の匿名記事の場合だと、(60 - 26)×500×20%=3400万円が適正借入額となる。
将来的の早い時期の昇給+それが継続することを見込む場合はもう少し上限は上がる。平均すると600万円の収入が続く場合(60 - 26)×600×20%=4080万円が適正借入額となる。
しかしながら、匿名記事の筆者は退職までではなく30年の借入期間としているため、借入期間と控えめに資産した平均収入での計算が妥当となるだろう。
30年間×550×20%=3300万円が無理のない借り入れとなるのではないだろうか。
各比率での借入額
年収と借入額ごとの返済負担率を掲載する。首都圏の住宅価格だと、年収800万円、借入金利0.7%の条件でようやく4000万円の借入を15%強の返済負担率で可能となる。それでも東京23区内だと買える物件は無いかもしれない。
全期間固定のフラット35と、市中銀行の10年固定を想定して試算する。
35年返済、金利1.3%の場合(フラット35)
300万円 | 400万円 | 500万円 | 600万円 | 700万円 | 800万円 | |
15% | 1260万円 | 1680万円 | 2100万円 | 2520万円 | 2950万円 | 3370万円 |
20% | 1680万円 | 2240万円 | 2810万円 | 3370万円 | 3930万円 | 4490万円 |
25% | 2100万円 | 2810万円 | 3510万円 | 4210万円 | 4910万円 | 5620万円 |
30% | 2520万円 | 3370万円 | 4210万円 | 5050万円 | 5900万円 | 6740万円 |
35% | 3930万円 | 4910万円 | 5900万円 | 6880万円 | 7870万円 |
35年返済、金利0.7%の場合(銀行の当初10年固定,11年目以降の金利に要注意)
300万円 | 400万円 | 500万円 | 600万円 | 700万円 | 800万円 | |
15% | 1390万円 | 1860万円 | 2320万円 | 2790万円 | 3250万円 | 3720万円 |
20% | 1860万円 | 2480万円 | 3100万円 | 3720万円 | 4340万円 | 4960万円 |
25% | 2320万円 | 3100万円 | 3870万円 | 4650万円 | 5430万円 | 6200万円 |
30% | 2790万円 | 3720万円 | 4650万円 | 5580万円 | 6510万円 | 7440万円 |
35% | 4340万円 | 5430万円 | 6510万円 | 7600万円 | 8680万円 |
年収500万円の方に向けては下記のようなブログ記事もあった。年収500万円というのは20代給与所得者の中では上位であるそうだ。
それでも不動産価格が一方的に上がっているため、厳しいローンとなるのだろう。
各社の住宅ローンシミュレーターが提案している借入額がアグレッシブすぎるのではないかという問題提起。
住宅ローン控除
購入後一定の期間、特定の金額まで住宅ローン控除として税額控除を受けることができる。
0.7%未満の金利で借り入れている場合、借入額が控除対象額未満の場合は返済期間を長めにとることに優位性がある。優遇対象は家の種類や入居年(2023年以前、24-25年、26年以降)で異なる。
ご自身の最適なローンの組み方については確認、計算してみてほしい。
トピック:住宅ローンとQOL向上の方法
以下、今回の場合のQOLを上げる=フリーキャッシュフローを増やす方法について簡単に考えてみる。住宅やローン以外のその他状況はそれぞれ異なるため、適切な行動もそれぞれ異なる。
売却:都心と郊外
駅の近く(徒歩7分以内)、大規模(数百戸から千戸以上)、タワー系のマンションは市場価値が高いとされている。
購入してから3年が経過しているとのことなので、住宅ローン残高は縮小していると見込まれる。上記条件に当てはまる場合、不動産市況のインフレに伴い、残債割れしないだけではなく、住宅売却で一定額の利益が出る可能性がある。
より狭い物件や、より郊外の物件への買いなおし、または賃貸暮らしを許容できる場合は売却が手段となる。
しかしながらマンション市況は高値追いのため、安い物件に住み替えられずお金の面では楽にならない可能性がある。中古戸建の場合、市場で高く評価されない=残債割れ=住替え不可で逃げられないということにならないように注意が必要である。
なお、住宅の設備仕様が落ちる場合は結局QOLが下がるため、その点も十二分に検討が必要である。
返済継続:キャッシュフローの調整
支出の削減
30年の住宅ローン(残27年)を、別の銀行で30年または35年で借り換えることができるかを相談するという手がある。期間を長くすることで、単年当たりのキャッシュフローを改善する。高い金利で借りていた場合は、より安い金利に借り換えることで総支払額を減らせる可能性もある。
難点は下記の通り。
- 借り換え手数料も手間もかかるため、金融機関との調整や吟味が必要
- 住宅ローン控除の条件が不利になる(1%->0.7%控除、控除対象価格減少の可能性)
- 金利が上昇傾向(米国の金利と国内固定金利が上がり始めている、2022年1月時点では変動金利0.3-0.4%もあるが2023年の日銀総裁任期後の短期金利が読めない)
変動金利で住宅ローン金利を組んでいる場合は5年ルール(5年ごとに毎月の支払額は同じ)と125%ルール(金利見直し時前回比125%以内の返済額となる)の対象であることは確認したほうがよい。
最悪の場合、金利上昇に耐えられない場合は売却の必要に迫られる。
収入の増加
夫婦共働きで働くことで、家計全体ではキャッシュフローは改善する。(個人で自由に使えるお金が増えるかは分からない。)
また、26歳という比較的若いうちにローン返済を始めているため、他の支出を抑え続ければ匿名記事筆者の昇給に従って、ローン返済比率は徐々に低下していくと思われる。
注意点:固定資産税と修繕費の値上げ
重々承知だと思うが、築5年を超えると、マンションは固定資産税の減税がなくなる。(固定資産税+都市計画税の年税額が2倍近くなる。)
また、修繕積立金が当初設定は必要額の半分以下に設定されているマンションが多い。18000円の徴収が必要なのに、毎月8000円しか徴収してないなどよく見られる。その場合は数年後に年12万円の修繕費値上げがあると覚悟しておく必要がある。
まとめ
以上、近年の首都圏の不動産事情と住宅ローンについて簡単にまとめた。
- 首都圏の新築マンション価格は値上がり傾向(年収の13-19倍)
- 新築マンションは23区は7000万円、それ以外は4000万円以上は必要
- 中古マンションや中古戸建は3600万円程度から買える
- 住宅ローンは返済比率で判断
- 控除は縮小
- 売却する場合、数年の保持により売却益が出る可能性もある
- 返済期間の調整、共働きでキャッシュフローに余裕を持たせるのが吉
ざっくりと見てきたが、平均所得の伸びがほぼないのに対して、不動産価格の値上がりが早すぎるのが、匿名記事のようなローンの組み方をせざるを得ない理由だと考える。
個人の意見だが不動産の転売ヤ―が利益を出し、実需層が損をするという構図は望ましくないだろうと感じる(実際は投資用市場の方が不動産は安いらしい)。
実需層向けに新築住宅価格を抑え込めないか、高品質な中古住宅を安価な価格で供給できないかというのは政策として考えてほしい。
*1:不動産ブログ「マンション・チラシの定点観測」,2021-12-10,「首都圏中古マンション市場動向(21年11月)|不調の兆候を見せ始めた!?」,https://1manken.hatenablog.com/entry/2021/12/10/chuuko-mansion-sijou-monthly-report ,(参照2022-01-09)
*2:スムログ,2021-12-30,マン点ニュース 21年12月(定期観測/市場/ほか),https://www.sumu-log.com/archives/37377/ ,(参照2022-01-09)
*3:スムログ,2021-12-30,マン点ニュース 21年12月(定期観測/市場/ほか),https://www.sumu-log.com/archives/37377/ ,(参照2022-01-09)
*4:不動産ブログ「マンション・チラシの定点観測」,2021-12-10,「首都圏中古マンション市場動向(21年11月)|不調の兆候を見せ始めた!?」,https://1manken.hatenablog.com/entry/2021/12/10/chuuko-mansion-sijou-monthly-report ,(参照2022-01-09)
*5:公益社団 法人東日本不動産流通機構,2021-10-18,「季報 Market Watch サマリーレポート 2021年7~9月期」,http://www.reins.or.jp/pdf/trend/sf/sf_202107-09.pdf ,(参照2022-01-09)
*6:SUUMO,2017-11-01,「住宅ローンの返済比率(返済負担率)の目安は? 無理なく返せる額を計算」,https://suumo.jp/article/oyakudachi/oyaku/sumai_nyumon/money/jyutakuloan_hensaihiritsu/ ,(参照2022-01-09)
*7:中山聡著,田中和彦監修, (2021).『不動産のしくみがわかる本』 同文舘出版, P70
*8:konanタワリーマンブログ,2020-08-04,「世帯年収XXX万円でXXXX万円の物件を買うのはあり?なし?」,https://konantower.hatenablog.com/entry/2020/08/04/214932 ,(参照2022-01-09)