mittlee読書雑記帳

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疫病と世界史、感染症と人類(その3)‐歴史時代、古代、農耕と牧畜と感染症

今回の内容

 大型狩猟獣の大規模絶滅に伴い、人類は別の食料確保手段を見出す。海や海浜の資源の利用、植物の収集、調理、粉ひき、加熱、そして発酵。中でも人類にとって重要なのが植物の栽培と動物の家畜化だった。そして都市と農村という文明社会。これよって、人類と病気の関係も変化する。今回のテーマは古代の人類と疫病の関係である。

 

 今回もウィリアム・H・マクニール著、『疫病と世界史』の紹介の続き。寄生虫、菌類、細菌類など様々な病原体がもたらす疫病が、人類の歴史にいかに影響を与えたかを先史時代から20世紀まで論じた野心作である。

 内容について要約をしているが、本書の原著が1976年に出版されたことにご留意いただきたい。

 

 前回の記事はこちら。

 

mittlee.hatenablog.com

 

 

 

目次

 

トピック:歴史時代へ

飼育と栽培

 人類と飼育栽培の可能性を持つ様々な種との間に、相互適応が行われた過程があったと著者マクニールは推測する。

 飼育栽培対象の動植物は、特定の有用な性質を中心として偶然的なあるいは人為的な淘汰が加えられた結果、生物学的な形質に急速で大幅な変化が生じた。

 他方で人類の方では農耕という日々繰り返される重労働を拒んだ個人、毎年の種となる穀物を取っておけないような個人は共同体から排除されたのではないかとみる。

 ここでは下記のようないくつかの共通の事象が見られる。

  • 特定の動植物のみの繁殖、他品種の締め出し
  • 生物的多様性の喪失、地域的な動植物のポピュレーションの均一化
  • 生産食物を人類だけに消費に供する、食物連鎖の短縮
  • 人間の略奪者の襲撃からの安全の確保、政治組織の誕生
栽培

 作物の栽培にあたっては、雑草の退治というのが最初の仕事になる。人類が用いたと思われる特に有力と思われた技法は下記の2つである。

  1. 湛水灌漑
  2. 土壌表面の物理的変化(耕起、焼き畑など)

 灌漑により、湿地ではない普通の土地に対して水に浸かるときと乾燥したときの極端な状態を1つの農耕年の間に作り出す。稲のような両者に適性を持つ植物以外を排除することができる。

 農地を鋤やシャベルあるいは棒で物理的に攪拌することで、生育作物が日光や養分を確保できるようにする。休耕もまた、雑草の生育サイクルを乱すという点で、栽培への助けとなった。副作用として単一種による過剰汚染などはあったが、観察できる限りは対処はされたと推測される。

 農耕は果てしない労働に人類を縛り付ける。人類はその対価として自然の生態的バランスを乱し、食物連鎖の短縮、消費量の増大、人口の増加を可能にした。しかし、これは寄生生物にとっての潜在的食物の密集を意味している。

飼育

 飼育可能動物は旧世界と呼ばれるヨーロッパ、アフリカ、アジア地域に多いと言われている。新世界、南北アメリカ大陸は有用な植物に富む一方で家畜化可能な生物に乏しい。旧世界は栽培可能植物だけではなく、家畜化可能な動物の広範な種類が揃っていた。

 家畜の飼育は人類に食料や資源をもたらしたが、同時に難点を持つ。文明特有の感染症のすべてに近い大部分が動物から由来すると推定される。

 天然痘は牛痘やその他の家畜の感染症と密接に関わる。インフルエンザは豚にもヒトにもかかる。本書の中では参考としてヒトとヒトに関連する動物と共有する病気の数を列挙している。

  • 家禽類:26
  • ネズミ類:32
  • 馬:35
  • 豚:42
  • 羊および山羊:46
  • 牛:50
  • 犬:65

  ヒトと飼育動物間の感染症が細分化されていること、ヒトとの親密さの度合いに応じて共有する感染症の数が増えていくという傾向が見られる。

 

ミクロの寄生者

 雑草や大型捕食者に対して勝利を収めた人類だが、小型寄生生物である捕食者からの痛烈な反撃を受けた。 作物、家畜、ヒトに対する病気の暴威は、全歴史時代を通じて人類に深刻な影響を与え続けた。

そして、近代の医学上の諸発見が疾病伝播の重要なパターンをいくつか明らかにする以前、なす術を知らぬ人類に何が起こったかを理解しようという努力こそ、ほかならぬ本書の存在理由(レゾンデートル)だった。*1

 

  村落の所在地の固定化は、新しく寄生生物に侵される危険を伴う。居住地のすぐそばに蓄積される糞便に接触する機会が増えることで、または不潔な生活用水を介して寄生生物の宿主間の移動が容易になる。

 比較的温暖な地域での灌漑農耕は常に十分な水分が浅く張っていることになる。そこに宿主となる可能性を持つ人々が絶えず訪れ、歩き回る。寄生生物にとっては乾燥から身を守る保護嚢子その他の形態すら必要なく、宿主間を移動することができる好条件だった。5000年程度の差はあるが、今日の灌漑農耕民や稲作農民の間の健康被害と寄生生物の生活形態には共通する点があると推測される。主な例を2つ紹介する。

 巻貝類という中間宿主を介してヒトに感染する、住血吸虫症をマクニールは例として挙げている。幼虫は水中を移動し、巻貝に感染、巻貝の中で2段階目の幼虫になり、さらに人に感染して成虫となる。紀元前1200年のエジプトや、紀元前2世紀の中国の大河流域地方では住血吸虫症は確認されていたとされる。*2

ja.wikipedia.org

 

 宗教上の沐浴での密集、巡礼者の旅による感染症の伝播なども存在したと推測される。

  多細胞寄生虫の蠕虫類だけではなく、原虫類やバクテリア、ウイルスなどの感染症にとっても、ヒトのポピュレーションの増大は好都合だった。

 マクニールが別の例として挙げているのは人類を苦しめた寄生虫症として悪名高いマラリアである。雑草類によって生を営むアノフェレス・ガンビアエという蚊は、人類の焼き畑農業後の土地を好機と繁殖する。ヒトの血を好んで吸うこの蚊が終宿主であるが、人は中間宿主としてマラリアに感染してしまう。

 ヘテロ接合体(同じ遺伝子を持たぬ両親から生まれた子)で鎌状赤血球を出現させる遺伝子保有者の割合がアフリカでは増加した。マラリア原虫への抵抗力は増すが、代償も大きい。同型接合体の多くの場合は成人になる前に死亡してしまう。

 

ja.wikipedia.org

 

 上記2つは第三者たる生物を介する感染症だった。しかし、人口が一定規模を超えることで、中間宿主を持たずに感染症の持続が可能となる。

(省略)あらゆる文明化した共同体に、遅かれ早かれ、疾病への罹患に関してひとつの共通した重大な変化が到来したことは推定できる。その変化とは、農耕民の人口密度が増していき、ある限界を越えると、バクテリアとウイルスの汚染が、ヒト以外の動物の中間宿主に頼らずとも、いつまでも存続する事態が生じる、ということである。*3

 

 感染症は、宿主を即座に滅ぼしても、宿主の免疫に即座に駆逐されても存在が継続しない。 

つまり、新しい病気の安定したパターンが成立するのは、双方が最初の衝撃的な遭遇をなんとか凌いで生き残り、適切な生物学的、文化的適応によって互いに許容し得る調停を果たしたとき、初めて可能なのである。そして、この適応の全過程で、バクテリアとウイルスは、世代の交代する時間がはるかに短いという利点を備えている。(省略)*4

 

マクロの寄生者

 吸虫類やその他の寄生虫症によってもたらされる病、肉体的疲労と慢性的な不快感は灌漑や農作などの日常労働や重労働、外敵の侵入からの防衛という大仕事を困難にする。この状態は、武器を持ち、組織された人類の他集団の侵略行為、収奪というマクロ寄生を容易にする。

 文明の歴史のほんの黎明期にあって、成功した略奪者とは征服者になった連中のことだった。つまり、収穫物の全部ではなく、一部だけを奪うという形で農耕民を収奪する手法を編み出した者たちである。*5

 感染症が恒常的に根を下ろしている集団は、健康な社会と対比するときに疫学的に恐ろしく強力である。マクニールは、悪疫は軍隊と共に行進したと喩えている。

(省略)強大な軍事的政治的組織を拡大してゆくことになるマクロ寄生は、バクテリアとウイルスによるミクロ寄生と合した時、ヒトのポピュレーションが生み出す生物学的防衛機能を、有力な援軍として持っていると言える。(中略)悪疫はしばしば軍隊と共に、あるいは軍隊のあとに付いて更新したのだ。*6

 

都市と農村

 水利灌漑に農耕が依存する地域(メソポタミア、エジプト、インダス河流域、ペルシャ湾岸など)では、社会の維持に何らかの権力の統制を必要とした。都市と文明のはじまりである。

運河や水路の計画と建設、それを維持していくための共同作業、そして何よりも、我勝ちに水を奪い合う人びとに灌漑で引いた用水を割り当てる仕事、すべてが何らかの意味で権威ある統率力の存在を必要とし、またそれを招来した。都市と文明はこうして誕生した。その特徴は、村落の生活では想像もできないほど大規模な労働力の組織化と諸技術の専門化だった。*7

 ある一つの病気がいつまでも生き残るためには、宿主となるヒトが巨大なメガロポリスのような形でとして集合している必要がある。他方で、田舎の共同体に病気に感受性のある人口が十分に存在している場合、都市を飛び出して村から村、家から家へと駆け巡る。しかし、農村部の人間が一通り感染症にかかってしまうことで、爆発的に流行した後に急速に衰える。しかし、病気に感受性のある人が絶えず増え続ける都市の中心では感染症は生き残る。マクニールは、はしかの感染に必要な都市の規模50万人と古代シュメールの人口規模がおおよそ一致する偶然を記述している。

ja.wikipedia.org

 

 マクニールは、都市は下記の二重の意味で農村、地方の農耕民を必要としたと述べている。

  1.  都市の住民が消費するための余剰食糧の生産
  2.  都市住民の数を維持するための余剰人口の供給

 まず第一にこの上なく明白なことは、人的資源の再生産構造が、文明という環境を利用してはびこる病気との絶えざる接触からくる人口の恒常的な減少傾向に、対応するものとならねばならなかったということである。都市というものは、ごく最近まで、周囲の田園地帯から相当な数の流民を絶えず受け入れていなければ、その成員数を維持してゆくことができなかった。ともかく、都市生活は住民の健康にとってそれほど危険が大きかったのだ。

(中略)

田舎の余剰人口はまた、マクロ寄生つまり戦争と略奪およびそうした事件に付き物と言ってよい飢餓から来る消耗を、補うものでなければならなかった。

*8

 

文明圏の拡張

 成功した文明は全て田舎から都市への物資と人の流入を、宗教と法と慣習の強制力を動員することで確保していたとマクニールは述べる。

 文明社会の再生産基準は地方の深刻な人口過剰を引き起こしうる。それを防ぐには都市に移動する危険を多数の男女に、受け入れさせる必要があった。

 安定したマクロ寄生の構造は長期間持続することはなかった。平和な世が続きマクロ寄生の消化吸収(戦争等での人口減少)の能力を超えて人口が増えると、社会秩序の崩壊による死亡率の急上昇という現象が出る。人口の回復には一定の期間を要する。外部からの細菌や武装した人間集団という攪乱要因が存在する。

 文明社会の国王と軍隊は国内の人口過剰の危険を解決するための手段として、しばしば征服戦争を用いた。征服戦争は成功した場合には開拓すべき新天地の獲得をもたらす。そして成功失敗に関わらず死者の急増をもたらした。

 交易も過剰人口の解決策のひとつだった。しかし、陸運費は高く、充分な数の人口が繁栄できたのは、数世紀前までは海の近くと航行可能な河川の周囲に限られた。

 

 それでも文明は広がっていく。感染症への抵抗力を持たない都市の周縁の小さな集団に都市の感染症がたどり着いたときに社会が揺らぐ。20代や30代の人口が減ることにより、より大規模な集団への抵抗力を失い、文明に吸収されるのである。

文明化した形態の社会組織が支配する地域は何十世紀もの間に着実に増大していった。ところが、ひとつひとつ独立した文明圏の数そのものは、いつの時代にも決して多くはなかった。(中略)文明は、既に発展の極に達した大中心地から、その文明の根底をなす文化的諸要素を新しい土地へと輸出するものなのである。(中略)それは意図的な政策やマクロ寄生の諸構造から出てきた結果ではなく、ミクロ寄生の力学から生じた現象である。*9

 この文明の拡大をもたらしたミクロ寄生、感染症は、軍隊による略奪や新しい土地に探りを入れる交易によって広まっていった。文明社会のみが免疫を持っていたときに、侵入の障壁が無い場合はより小規模な集団が取り込まれる結果となる。

 気候(寒冷、温暖、乾燥、湿潤)や地域(山岳部など)によって、文明圏の従来の耕作法が適用できないような地域と少しずつ接触が行われた場合は状況が異なる。地方民の人口が恢復して再帰する、他地域の住民を取り込む、文明側にも地方の感染症が入り込むという関係性が長期にわたり繰り返された場合は、文明に取り込まれない集団が残りうる。

 マクニールは、このテストケースとして紀元前1500年以降の古代インドへのアーリア人の侵入を挙げている。感染症をインドへ持ち込んだものの、彼らはインド土着の感染症に曝されて東部と南部を既存の文明で上書きできずに土着の文化を取り込んだと推測している。

 

まとめと感想

 都市文明の発生から紀元前500年までの間に、旧世界の主な文明のすべてがヒトからヒトへとうつる感染症のひと揃いを備えてしまった。より年代が下るに従い、人類の歴史に多数の感染症の痕跡を確認できるようになる。

 生活用水を通じて、あるいは昆虫を媒介とし、また直接の皮膚の接触等によってうつる感染症も、住民が密集した都市、それにかなりの人口密度の近郊農村地帯に、大規模に広がっていた。このように、病気に侵されていると同時に病気への抵抗力をもっている文明圏の住民は、それほどの恐ろしい感染症群に馴れていない隣人たちにとって、生物学的に危険な存在だった。この事実のおかげで、文明圏の住民は、おのれらの領土の拡張を、その条件が無かったと仮定した場合に比べ、はるかに容易に実行することができた。*10

 

 定住や農耕、牧畜、都市化に伴う感染症が紹介されていた。本章では野ウサギなどの動物の事例や小児を主に対象とする感染症の事例も語られている。ぜひ手に取ってお読みいただきたい。

 人類と緊密な動物との病気の共有のくだりは、もやしもんのUFO研の豚と鶏とインフルエンザと密室の危ない組み合わせを思い出してしまった。二千年以上にわたり、人類の生活の課題となっている点ではあるし、フィクション現実を問わずに未だに聞く話である。

 都市の人口過密、農村と都市の人流が感染症を広げる話は現在のCOVID19のパンデミックとも共通する要素だと感じる。

 

 

 

 

*1:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P86

*2:余談だが、住血吸虫症は日本でも1900年代後半、40年ほど前までは問題になっていた。人類と感染症の戦いの歴史の一つの解説として下記のWikipediaの記事がよく知られている。世界では21世紀に入っても続いている。

*3:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P96-97

*4:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P109

*5:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P104

*6:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P105-106

*7:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P88

*8:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P116-117

*9:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P125

*10:McNeill,William H. (1976).PLAGUES AND PEOPLES. .(マクニール ウィリアム 佐々木昭夫(訳)(2007).疫病と世界史 中央公論新社,P136